龍 17  帰国
 空港に降り立った私は、そこから見える街に思った程の被害が無かったことに、胸をそっと撫で下ろした。
 アルンは、いつもの彼らしく無く、少し疲れた表情で私達二人を迎えてくれた。

「聖龍、タイロン号を呼んでいるから、しばらく近江のホテルでいいか?」
「しばらくとはいつまでの事だ?」エディが強い口調でアルンに言う。
「すまない。後二日で日本に着くんだが、神戸港が使えないんだ」
「判った。横浜へ着けてくれ」
「そうさせてもらうよ」

 私達は、アルンの車で阪本のホテルへ向かう。地震の被害が余程ひどかったのだろう。アルンが日程等の事を曖昧に言ったのは初めてのことだ。エディはその事をとても気にしているようだった。私はホテルに着くまで、そんな彼の手を握り、安らぎの波動を彼に送り続けた。

 いつものようにアルンがホテルの前に静かに車を着けた。そのホテルを離れて、まだそれ程経ったわけでは無かったが、私はとても懐かしい思いに駆られていた。
 私達は南の島の楽園とは全く違う、真冬の中に戻っていた。
「アルン、ここは何とも無かったの?」車の中で私が尋ねた。
「ああ、ここは大丈夫だ。でも、芦屋は酷いものだ」そう言って首を振った。
 私達は車を降りて、みんなが出迎える中を建物に入った。エディはアルンに一緒に来るように言うと、足早に部屋へ向かった。
 部屋に入るとエディはソファーに腰掛けてアルンにも座るように言った。私がそっとそこを離れてベッドルームへ行こうとすると「ヨーコもここに居て」そう彼が言ったので、私は仕方なく彼の斜前のソファーに腰を下ろした。
「アルン、これからの予定を聞かせてくれ」エディが静かな声で言った。アルンが頷いて話し始めた。
「さっきはすまなかった。明後日タイロン号が横浜に着く。それに合わせるようにヘリを手配するので、それでタイロン号に乗ってくれ」
 私が尋ねる。「タイロン号って何?」
 エディがそれに答えた。「大龍の船。ナーガラージャ号より少し小さいが、あらゆる設備が整っている」
「あらゆる設備って?」
「はっきり言おう。戦争になっても大丈夫なように作った船だ」
 私は戦争と言う言葉に戸惑いながらも頷いた。アルンがそれを見て話を続ける。
「船で、四国を回ることになると思う。空海の仕掛けの場所を探さなくてはならない。そこで、君達の仕事を済ませ、そのまま出雲へ入ることになると思う」
 エディが頷いて言う。「判った。お前はもう休め。今のままだと、お前に警護を任せるのは不安だ。これからが僕達の本当の仕事なんだ。船が着くまでには万全の体調に戻してくれ」
 アルンが首を振って言った。「大丈夫だ。心配には及ばない。まだしなければならないことが沢山あるんだ」
 エディが言う。「アルン。お前はなんのために居ると思っているんだ。僕達が戻ったかぎり、お前でなくても出来ることは他の者に任せろ。お前は聖龍とその妻を守るために居るんだぞ。これからが僕達の本当の仕事だって言っただろう?ここでしくじったら元も子も無い。ヨーコの命をかけるんだ。やり直すためにはもう一度生まれ変わって、一からやり直さなければならない。確かに沢山の人々が助けを望んでいるだろう。そしてお前に出来ることも沢山ある。しかし、僕達と共に居るかぎりりは、お前にはお前しか出来ないことをやってもらう。今度の地震も僕達を狙ったものだった。これからも狙われるだろう。その時には被害を最小限に押さえなくてはならない。奴等が来るんだ。ヨーコの龍を狙って来る。判ったか?」
 アルンが渋々頷いた。「判った。今の仕事は適任者を選んで任せる」そう言って、部屋を出て行った。
 アルンが溜息をつく。私がそんな彼に微笑んで言う。「心配しないで。私達だけでもやれるわ。私の龍を信じて。それに、ヒミコとその弟は必ず役目を果たしてくれる。だって彼らはそのために居るんですもの」エディがそれに対して静かに頷いた。そして言う。
「でも、出来ればヨーコに生きていてもらいたいんだ。もし、その可能性が少しでもあるのなら、僕はそれに賭けたい」
私はうつ向いて首を振る。「もしそんな可能性があったとしても、それは無理よ。私には判るわ。だからムリをしないで。自然に流れのままに任せましょう。それが一番いい方法なのよ。聖龍の書にあったように事を運べばいいのよ。もうすぐよ。もうすぐ私達は本当に一つに成れるの」
 エディはいつになく脅えたような目をして私を見た。私はそんな彼に笑いかける。彼はそんな私を見て目を閉じる。そして次に目を開けたときには、いつもの彼の表情に戻っていた。
 その時私は恐れていなかったわけではなかった。私もやはり恐ろしくて逃げ出したい衝動を抱えていた。このままエディと幸せに暮らしたかった。人としての営みを続けながら年老いて、死を迎えたかった。しかし、私には逃げ出す力もなかった。そのソファーから立ち上がることすら出来ない程、私の体は脅えていたのだ。あのアルンがあんなに疲れ、取り乱すほどのことが起こっていた。そしてエディもまたそれに脅えていた。その上それはまだ始まったばかりだった。それで私は笑って見せたのだった。
 エディは静かに立ち上がると、私の傍に来て、私を抱き上げ、ベッドに運んだ。そして静かに横たえると言った。
「ヨーコ、ゆっくり休みなさい。僕が必ず守ってあげるから」
 彼には、私が脅えていることが判っていたのだ。私はコックリと頷いて目を閉じた。
 その時ベッドが揺れた。震度1。多分、神戸を破壊した地震の余震だ。
 私は目を閉じて大地の龍の声を聞いた。大地の龍は傷つけられた痛みに、身震いしていた。そして傷つけた者の意志を感じた。確かに、誰かが私達を狙っていた。私の龍はまだ静かに黙して語らない。琵琶湖の龍や、比叡山の龍も、まだ動いてはいなかった。彼らは私の龍が動くのを待っているようだった。虚空を漂う空海と最澄の存在も感じた。彼らもまた、地震について心を痛めていた。しかし、それはまだほんの始まりであることをも理解しているようだった。
 バリ島での休暇は、私の龍の力を随分引き出したようだった。私はそのことを受け入れながら、恐れていた。そして焦ってもいた。『早く死を迎えなければいけない。こんな力を人は持つべきではないのだ』私はそう思っていた。しかし、まだするべき事は残っている。私はエディの言うように、少し休むことにした。

 目覚めた時、窓の外は暗くなっていた。私はそっと体を起こすとスタンドの明かりを点け、自分の手を見た。指はちゃんと五本有った。それを確認して、ベッドを降り、リビングに出る。

「エディ、おなかすいたでしょう?」
「起きたんだね。夕食にしようか?」
「ええ、そうしましょう。久しぶりに和食ね」
「そうだね。少し遅いけど、お正月料理を頼んでおいたよ」
「そう、ありがとう」

 私達はレストランに降りて、用意されたテーブルにつく。
「アルンはどうしたの?」
 私が尋ねるとエディが答えた。「もうすぐ来るよ」
 アルンが来る迄、二人でワインを飲んだ。
 アルンは五分程で降りてきて、私達と同じテーブルについた。エディはアルンのためにワインを注ぐ。アルンはそれを取って、「ありがとう」と言って飲んだ。
 私はアルンの心の揺れを感じていた。どれだけ訓練を重ねていても、本当の災害の時には心が揺れてしまうのだろう。いや、それほど今回の被害が大きかったと言うべきだろうか?
 私はアルンに呼び掛けてから、指輪を回して龍を解き放つ。アルンは引き込まれるように私の龍を見つめる。そんな彼に私が言う。
「アルン、どう?久しぶりの私の龍は」アルンは黙ってうつ向き、静かに首を振った。そんな彼に私が言う。
「この龍のせいでこんな事に成ったのよ。今からでも遅くないわ。私を殺しなさい。次の龍はミツコよ。彼女の龍をあなたが育てて、あなたが使えばいいわ。私が生きている限り、もっと酷いことが起こるかも知れないのよ」
 アルンが言う。「ヨーコ、僕が君を殺したところで、結局同じことなんだろう?何時かは、誰かがやらなければならない。きっと僕とミツコより、聖龍とヨーコの方が巧くやるよ」
「そうかしら?私にはそうは思えないわ。それに、ミツコの龍が育つまでの間、猶予ができる。その間に、成すべきことがあるような気もするわ」
「何をしておくって言うんだい?」
「さぁ?判らないけど、でも、地震やその他の災害に強い都市を作っておけば、もっと被害は押さえられるでしょう?」
「ヨーコ、君は知らないんだ。今度の地震がどんなにすさまじいエネルギーを持っていたかを。人の力や知恵の及ぶ様な代物じゃないんだ」
「そりゃあそうでしょう。龍の力ですもの。でも、アルン。ここにも龍はいるのよ。この龍は、今度の地震を起こした龍なんかよりもっと強力なのよ」
「こんなに美しい龍がかい?」
「そう、この龍は美しいだけじゃないの。試しにここに地震を起こしてみましょうか?」 
 エディが驚いて私を見る。私は龍に働き掛けて地震を望んだ。建物が揺れた。地面も、湖面も揺れた。私はワイングラスを持って龍と共に輝いていた。
 エディが私の手を取って龍を収める。
「ヨーコ。もういいだろう」
 私は頷いてアルンを見る。アルンの頬を涙がつたっていた。
 そんなアルンに私は言った。「判ったでしょう?バリ島での休暇が、私の龍を完全に育てたの。思うように動かせるの。私が望めば、破壊が起こる。私の龍はシヴァ神なのよ」 
 エディが言う。「ヨーコ、もういい。アルンにも、もう判っただろう」
 アルンが涙を拭って言う。「ヨーコ、良く判った。でも、君を殺すのは僕の役目じゃない。それは聖龍の役目だ。僕の役目は君達を守ることなんだ。その力を他の誰にも渡さないように守ることが僕の使命だ」
 私が言う。「アルン隊長。頼りにしているわ」
 エディが言う。「さぁ、食べよう」
 久しぶりの和食。途中でエディはお酒を頼み三人で遅いお正月を楽しんだ。私にとって、最後のお正月だった。
 アルンは食べ終えると、「引継を済ませる」と言って引き上げた。
 エディと私は窓から琵琶湖を眺めながら、もう少しお酒を飲む。
「ちょっとやり過ぎたかしら?」私がそう言うとエディが笑って答えた。
「驚いたよ。急に地震を起こすなんて言うから」私は頷く。
 彼が続ける。「でも、あれでいいんだ。アルンの恐れを取り除くには一番いい方法だ」
「そう思ったの。彼、とっても脅えていたもの。きっと龍の力がどういうものか、理解できていなかったんでしょうね」
「僕だって、ちゃんと理解していたかどうか怪しいもんだよ。でも、ヨーコは良く判ってたんだね」
「さぁ、どうかしら?判ってたって言ったら嘘になると思うわ。突然思い付いたのよ。龍を解き放って、それを望めばいいんだってね。そうしたら、本当に揺れちゃった。私だってビックリしたのよ」
「そうは見えなかったよ。君は超然として、グラスを手にアルカイックスマイルを浮かべていた。ゾクゾクするほど美しかった」
「惚れ直した?」
「いや、畏れ多くてそんな風には思えなかったよ」
「それは困ったわね。私、あなたに愛されなければ、何も出来ないのよ。だって私は聖龍の妻ですもの」
「僕はすごい女性を妻に持っちゃったんだ」
「あなたねぇ、今頃になってそれは無いんじゃあないの?」
「冗談だよ。それにしても、素晴らしいものを見ちゃったよ」
「もう完璧かしら?」
「間違いないよ。大龍が今の君を見たらとっても喜ぶだろうな」
「お爺様。本当に喜んでくれるかしら?」
「悲しみと喜びは背中合わせだけどね」
「そうね。ところで明日はどうするの?」
「そうだね。もう横浜に行くかい?」
「船は明後日着くんでしょう?」
「ああ、一足先に行って横浜で待っていてもいいんじゃないかな?」
「ヘリを呼ぶの?」
「君は何かしたいことがあるかい?」
「そうね。ヘリじゃなくて新幹線でいきましょうよ。富士山だって見えるし。みんなが大変な時に贅沢する事ないわ」
「それもそうだね。アルンに言ってみるよ」
「そうして」
 エディは席を立ってアルンに連絡を取る。

 私は窓の外に目をやって、琵琶湖と竹生島の龍が戯れるのを見ていた。
 エディが戻って言う。「アルンも賛成してくれたよ。少し早起きして京都八時発のに乗ることにした」
「そう、じゃあ早く寝なくちゃ」

 私達は部屋に戻って、二人で一緒にお風呂に入った。彼に、いつものオイルマッサージをしてもらい、心と体の疲れを取る。そして懐かしいベッドに入って眠った。



 翌朝目覚めると、窓の外は今にも雪が降りそうに曇っていた。私達は朝のお茶だけを飲んで、急いで京都駅に向かった。私達が乗ったのはのぞみ号だ。大阪京都間が地震で普通になっているため京都発になっている。
 私達は個室に乗り込み、ゆったりとしたシートに体を預け、ホテルで用意してもらったサンドイッチを食べる。
 窓の外の風景はトンネルを抜ける毎に変わった。雪景色もあれば、小雨に濡れた景色もある。そして静岡を通過する頃には快晴に変わった。
 私は富士山を見ようと窓の外を見ていた。エディは珍しくシートを倒して目を閉じていた。うたた寝をしているのだろうか?私はそんな彼が疲れているのを感じていた。
 熱海を過ぎた。もうすぐ富士川を渡るころだ。富士川を渡れば絵のような富士が窓一杯に拡がるはずだ。天気は抜群。私は少し倒してあったシートを戻し、背を伸ばして窓の外を見る。長い橋を驚くほどの早さで渡る。
 来た!富士山だ。白く雪化粧をした富士が思ったように窓一杯に拡がった。その時私は富士の龍の意思を感じていた。
「来るな!ここに来るな!」
 私は驚いてエディの手を取って握り締める。エディはその手をしっかりと握り返してくれた。富士はすぐに後ろに流れ去っていた。
「ヨーコ、大丈夫だよ」エディが言った。
「なぜ、富士の龍は私拒むの?」
「多分恐ろしいんだと思うよ。富士の龍は最澄の生まれ変わりによって西の龍と完全に切り離されているんだ。それで今、西で何が起こっているか理解していない。そこへ、君の最強の龍がやって来たのを知って、平穏が乱されるのを恐れているんだ」
「私は富士の龍と係わる事になるのかしら?」
「まだ判らない。でも、何れ君の龍は受け入れられるだろう。なぜなら、出雲の龍と富士の龍元々繋がっていたものだからだ。君の龍が出雲の龍を解き放つ時、富士の龍も本来の流れに戻るだろう」
「本来の流れって?」
「富士の龍は本来今の日本と朝鮮半島、そして台湾まで力を及ぼしていた。半島に向かう力は出雲を中継点にし、台湾へ向かうものは琉球列島に横たわる龍を中継していたんだ。それを最澄の知恵で、名古屋と富士を結ぶ線の辺りで切断してある。そして、その力を江戸、今の東京に向かって導き寄せ、それで東京の今の発展があるんだ」
「東京って、龍の力であんなに発展したの?」
「はい。とても強い力を一所に集めたんだ。発展しないわけがない。ただ、その力が強すぎて、たまに歪みが出る。僕の知っているかぎりで一番初めの歪みは、平将門の乱だ。将門はヨーコと同じ、龍を背負った人間だった。そのころにはまだ最澄の仕組みが出来上がっていなかったので、そんなに大きなことにはならなかったんだが、普通の状態でさえ、昔の戦争ぐらいは起こせる力はあった」
「私、将門のこと何も知らないんだけど、教えてくれる?」
「そうだね。将門っていう男も龍使いを持たない龍だった。自ら目覚めた龍だ。いや、目覚めたというより、富士の龍に振り回されたのかも知れない。富士の龍は、とてつもなく巨大な力を持っていて、いつも何かを動かそうとしていた」
「でも、龍に意思はないわ」
「そうだね。だけどヨーコはさっき富士の龍の意思を感じていただろう?」
「そうね。でも、あれは大地の龍の意識じゃない。それを封じ込める者の意識よ。大地の龍と人の龍は融合するのよ」
「そう。それが将門の意識だ。富士の龍を封じ込めているのは将門なんだ。そしてそれを巧く利用したのが最澄の生まれ変わりの中で一番大きな仕事をした天海僧正だ。江戸城に向かって富士の龍脈を引き、それをコントロールするために自ら日光の地に収まった。そうすることによって東北への逃げ道を塞いだんだ。話を将門に戻そう。将門は常陸の国の豪族だった。そして若いうちには京に上ったりしたが、父親の死でまたこちらに戻って来たんだ。それでこの関東を支配しようとして乱を起こした。もちろん京の帝の力で押さえられたけどね。つまり失敗したって言う事だね。僕もそのぐらいしか知らなかったんだけど、何となく龍の臭いがしてね。少し調べた。するとやはり彼も龍の一族だった。先祖を辿ると桓武天皇へ繋がるらしいが、それよりも将門の中には東へ渡った出雲族の血が流れていた。タケミナカタ。出雲の国譲りで諏訪まで逃げて、そこから出ないという約束の元に命を助けられた神だ。多分この物語も書き換えられたものだとは思うが、彼の存在を消してしまえなかったということは、それだけ力の有った神なんだと思う。そんなに重要でない神なら、記憶に残さなければいいんだからね。僕が思うに、三輪の大神ニギハヤヒと力を二分するほどの龍使いだったんだと思う。もちろん自らも龍であったかも知れないけど。そのころはまだ龍と龍使いが完全には別れていなかったからね」
「そう言えばフツシの頃は龍と神は違っていたわね。その後私みたいに人に付く龍になるまで、いろいろあったんでしょうね」
「そうだ。多分あのフツシの血を引く者たちの末裔が将門だったんだと思う。何故なら彼の行動が、どうしても龍を理解していたとしか思えないからだ。初めはどんどん力を延ばし、そのまま天下を取れるほどであったにも係わらず、途中で、自ら望んで破滅に向かって走り始めている。今の君が早く死を迎えようとしているようにね」
「あら、私は早く死にたいなんて思っていないわ。あなたとずっとこうしていたいもの」
 彼は首を振って言う。「僕エディの妻である君はね。でも、聖龍の使う龍の君は常に死を望んでいる。君は、龍の力の恐ろしさを知ってしまったからね。その恐ろしさを知ったものは一刻も早い死を望んでしまう。そして、その死に一片の間違いがあってもいけないんだ。自分の目覚めさせてしまった龍を、責任を持って鎮める責任を負ってしまう。将門もきっと途中でそれを理解してしまったんだ。それで、富士の龍を鎮めるために自ら死を選んだ。いや、自殺ではなく、君が望むように殺されることをね。それが龍使いの仕事だった。藤原秀郷がそれだったんだ」
「彼が龍使いだったのね」
「そうだ。詳しい資料は残っていないのでよく判らないが、将門の従兄弟である平貞盛に力を貸して将門を討った。またの名を俵藤太と言うんだ」
「それって聞いたことがあるわ。確か大百足退治の人じゃなかったかしら?」
「そうさ。あの琵琶湖の龍と繋がりのあった男だ。その俵藤太が、偏照寺の寛朝僧正と言う人に空海の彫ったと言われる不動明王に向かって調伏祈願の行をさせ、自らの手で将門を討った」
「きっと将門って幸せだったのね」
 私がそう言うとエディは首を振って言った。「ところがそうでもないんだ」
「どうして?龍使いに死を与えられてなぜ幸せになれないの?」
「富士の龍が余りにも巨大すぎるからだよ。将門一人では押え切れないんだ。それで、いろんなところで無理が出てる」私はそれに対して首を傾げてみせた。
 彼が続ける。「祟るんだよ。将門は今でも祟る」
「祟る!」私は素っ頓狂な声を上げた。その時部屋のドアがノックされ、アルンの声がした。
「聖龍、東京だ」私は慌てて窓の外を見ると、列車はゆっくりとホームに滑り込んでいるところだった。私達はコートを持って部屋を出、アルンに続いて列車を降りた。